大判例

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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)4892号 判決 1966年12月21日

原告

株式会社東京動産

右代表者

矢生光繁

原告

山王不動産株式会社

右代表者代表清算人

遠藤総一郎

右両名訴訟代理人

三輪長生

吉成重善

被告

日本資業株式会社

右代表者代表取締役

小林誠人

右訴訟代理人

斎藤尚志

主文

一、被告は原告等に対し別紙第一物件目録(一)(二)上にある別紙第二物件目録(一)ないし(五)の建物および建物部分を収去して、右土地を明渡せ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として、次のごとく述べた。

一、別紙第一物件目録(一)、(二)の土地(以下本件土地という。)は、以前訴外高橋光雄の所有であつた。

二、昭和三四年二月右高橋は本件土地を訴外大沼国雄に売渡したが、登記名義は高橋の所有名義のままであつた。

三、昭和三四年一〇月九日、右大沼は本件土地を訴外柴田七男に売渡したが、本件土地中第一目録(一)の土地は農地であり、所有権の移転に静岡県知事の許可を要するので、右許可を取得したときに(一)(二)の土地共に登記を移転する旨を当事者間で約した。

四、昭和三五年七月二五日、右柴田は訴外株式会社常磐相互銀行に対し、本件土地およびその隣接地につき限度額五〇〇万円の根抵当権を設定し、隣接地についてはその旨の登記を終つたが、本件土地については前記のごとくまだ高橋の所有名義のままであつたので、柴田は高橋から根抵当権設定に必要な書類の交付を受け、登記簿上は高橋が担保提供者となる形式で右の根抵当権設定登記をした。

五、これより先、柴田は本件土地の所有権移転に関する知事の許可が、個人名義の土地取得者として申請したのでは、なかなか得られないことをおもんばかつて、自分が代表者である訴外日本富士開発株式会社(以下富士開発という。)名義で許可申請することとし、そのため本件土地を同会社に譲渡した上、昭和三五年六月三〇日付で、右許可申請をした。

六、そして同年九月一日付で右知事の許可が得られ、同年一〇月二〇日訴外高橋から右富士開発に対し、所有権移転登記がなされた。

七、ところが、昭和三六年二月本件土地につき富士開発の債権者訴外帝国物産株式会社から強制競売の申立がなされ、ついで同年一一月前記常磐相互銀行からも同土地につき任意競売の申立があり、この申立は先の競売記録に添付されて手続が進行し、結局昭和三八年一〇月四日本件土地を原告山王不動産、訴外矢生光繁、同杉本文平、同川瀬富喜子の四名が共同で競落し、各自四分の一ずつの共有持分を取得し、昭和三九年六月一二日その旨の登記を経た。

八、然るに同年六月一七日、右川瀬は原告山王不動産に、右杉本、矢生は原告株式会社東京動産に銘々の持分を譲渡し、それぞれその旨の登記を経たので、現在本件土地は原告等が二分の一ずつ共有持分を有している。なお本件土地のうち、別紙目録(一)の土地は昭和三九年六月二九日、同(二)の土地は同年七月三日、それぞれ地目変更の登記がなされて現在は宅地となつている。

九、被告は本件土地上に第二物件目録(一)ないし(五)の建物ないし建物部分(以下本件建物という。)を所有し何等の権限なしに本件土地を占有している。

一〇、よつて原告等は所有権に基き被告に対し本件土地上にある右建物および建物部分を収去して土地を明渡すことを求める。

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、事実上の答弁及び抗弁として、次のとおり述べた。

一、請求原因事実第一項ないし第三項は不知。第四項中常磐相互銀行が原告主張のような根抵当権設定登記を有することは認めるがその余は不知。第五項は否認。第六項中、原告主張のような登記の存在は認める。その余は不知。第七・八項は認める。第九項中被告が原告主張のような建物を所有していることは認める。その余は争う。第一〇項は争う。

二、(法定地上権の主張)

(一)  本件建物は訴外富士開発が昭和三五年一月頃から建築に着工して、同年七月頃にはほぼ完成し、敷地である本件土地上につき根抵当権の設定された同年七月二五日当時には、独立の建造物と認められる程度に達し、労務者も居住するに至つていたものである。

(二)  本件土地は原告主張のように大沼から柴田が個人として買受けたものではなく、富士開発の資金を買受代金として、その事業目的(砂利採取)の為に会社の代表取締役柴田が買入れたものであり、富士開発が、その真の所有者であつた。又仮に大沼から本件土地を買入れた者が柴田個人であつたとしても、同人は、本件土地につき根抵当権の設定された昭和三五年七月二五日以前(すなわち農地譲渡許可申請の日である昭和三五年六月三〇日、あるいは柴田が訴外木崎物産株式会社の本件土地に対する売買予約を原因とする所有権移転請求権を譲り受け右請求権保全の行登記に仮記登記をした昭和三五年七月二〇日)に、本件土地所有権を右富士開発に移転していた。

(三)  よつて、本件土地に根抵当権が設定された当時には、本件土地とその上に対する本件建物とは同一の所有者である富士開発に属していたものであり、仮に当時本件土地の所有権が富士開発でなく柴田に属していとしても、富士開発は柴田の個人会社であり形式的には法人格を有していたが、実質的には柴田個人と変りないので、社会経済上の観点から認められた政策的観念である民法第三八八条の法定地上権の成立に関しては本件土地と建物とは同一の所有者に属していたと同視すべきものである。

(四)  被告はその後昭和三六年二月本件建物の所有権を富士開発から譲受けたものであるが、その後原告主張のように本件土地につき競売が行われ、土地と建物の所有者を異にするに至つたのであるから、本件建物の為には競売の場合につき地上権が設定されていたとみなすべきもの、すなわち、いわゆる法定地上権が成立する。

三、(土地賃借権の主張)

仮に本件土地が柴田個人の所有であつたとすれば、富士開発が本件家屋を建築したことにより、富士開発と柴田との間に敷地賃貸借契約が締結されていたと言うべきであり、被告は富士開発から本件建物をその敷地賃借権と共に譲受けたのであるから、前記のように根抵当権設定当時本件建物が建物として完成していた以上、被告は本件土地につき原告等に対抗しうる賃借権を有するものである。

原告等訴訟代理人は、被告の主張に対し、次のとおり述べた。

一、法定地上権の抗弁中、(一)項は否認する。本件建物が完成したのは昭和三五年九月三〇日で抵当権設定後のことである。同(二)項は否認。同(三)項は争う。同項中被告が本件建物を譲受けたこと、土地につき競売が行われたことは認める。その余は争う。土地賃借権の抗弁中の事実主張は否認する。

二、法定地上権は、抵当権設定当時土地と建物とが同一所有者に属するという事実に基き成立するものであるが、右事実は、抵当権設定当時、客観的に認められることを必要とするのであり、登記のある場合は、その登記簿上の所有名義により決すべきである。しかして本件の場合昭和三五年七月二五日の根抵当権設定当時、土地の登記名義人は訴外高橋光男であり、(仮に建物が存在したとしても)建物の所有者は富士開発であるので法定地上権の成立する余地はない。

三、仮に被告の法定地上権の抗弁(二)項後段のように、抵当権設定時以前に柴田と富士開発の間に、本件土地につき譲渡契約が存在したとしても、被告の法定地上権の抗弁は理由がない。なぜなら農地の所有権移転は知事の許可があつて始めて移転の効果を生ずるものであるから、右譲渡契約は、右許可を停止条件とする契約と解されるので、富士開発が本件土地の所有権を取得したのは右許可のあつた昭和三五年九月一日に至つてであり、根抵当権設定当時は未だその所有権を取得したものとは言えなかつたからである。

四、仮に被告主張のような土地賃貸借契約が存在したとしても、富士開発が本件建物につき保存登記をしたのは、本件土地について根抵当権の設定登記がなされた後である昭和三六年二月八日に至つてであるから、その土地賃借権は建物保護法の適用を受けることができず、抵当権者、従つて又競落人からの承継人たる原告等に対抗されえない。

被告訴訟代理人は、原告等の主張に対し、更に次のように述べた。

一、民法第三八八条の立法精神から考えても、法定地上権の成立には土地建物が同一の所有者に属することにつき形式的登記は不要である。仮に登記が必要であるとしても、原告等は本件土地と建物の関係を熟知しており、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有しない。

二、柴田と富士開発の間の本件土地譲渡行為が停止条件付であつたとの事実は否認する。

農地の譲渡について知事の許可は一般の場合法定条件すなわち効力発生の要件であるが、譲渡許可が高度の蓋然性を有する場合には、法定地上権の成立に関しては、当事者間の譲渡の時をもつて所有権を判断すべきであり、従つて、本件土地中、農地の部分の所有権については前記法定地上権の主張(二)項後段記載のように、根抵当権設定時には富士開発の所有に移つていたとみなすべきである。

証拠<省略>

理由

本件土地を原告等が各二分の一の持分で共有していること及び、本件土地上に被告が本件建物を所有していることは当事者間に争いがない。従つて原告等の請求原因は抗弁が立たぬ限り理由がある。そこで、被告の抗弁の成否について判断する。

まず土地賃借権の主張については、成立に争いのない甲第一、第二及び第六号証によれば、本件土地につき根抵当権設定登記がなされたのは昭和三五年七月二五日であり、土地賃借権の登記は存在しないこと、本件家屋について保存登記がなされたのはその後昭和三六年二月八日に至つてであることが、各々明らかである。従つて、もし被告主張のように、本件建物の所有を目的として本件土地につき賃借権が設定されていたとしても、それは競売による本件土地の第三取得者の特定承継人には対抗しえないものであるところ、原告等がかかる特定承継人であることは当事者間に争いないのであるから、賃借権設定契約の有無を判断するまでもなく、被告の賃借権の抗弁はなりたたないといわなければならない。

次に、法定地上権の主張について案ずるに、民法第三八八条の適用については、抵当権設定者が、土地と地上建物の双方につき同一人の所有権取得あることを以て抵当権者に対抗しうる場合であることを必要とするから、抵当権を設定せられない方の物件の所有権取得が、土地の埋立とか建物の新築などのように、第三者に対抗するに登記を必要としない場合のあることは別論として、抵当権を設定せられる方の物件については、その所有権取得につき、抵当権設定当時に登記の存することを必要とすると解すべきである。けだし、もしこれについても登記を必要としないと解するとすれば、抵当権設定者が目的物件につき所有権等の処分権限を有効に有すること自体公示せられない結果となる。この場合抵当権設定について登記をする為には、必然的に前主の所有権名義を用いざるを得ないから、右のように抵当土地上の新築建物につき保存登記を必要としない場合のあることをも考慮すると、土地にも地上建物にも登記を有しない所有者が土地につき抵当権を設定し、前主の名義を用いて抵当権設定登記をなした場合についてもなお法定地上権成立の可能性があることとなるのであるが、土地と地上建物と、それぞれの所有権が当該の所有者兼抵当権設定者に帰属することが全く公示されないこのような場合にまで、法定地上権の成立を認めても、極めて不安定なものに過ぎず、かえつて法律関係も混乱せしめるおそれあることは、例えば、右の土地の前主が土地を第三者に二重に譲渡し、所有権移転の登記がなされた場合を考えても、明らかであろう。社会経済上の観点から言つても、建物の地盤に対する利用関係ないしそれを基礎づける建物存立の法律的基盤が、このように不安定なものである場合には、特にこれを法定地上権の制度をもつて保護する必要はないと言わねばならない。そこで本件をみるに、仮に被告主張のように根抵当権設定当時訴外富士開発ないし訴外柴田が、本件土地建物を所有していたとしても、成立に争いのない甲第一、二号証によれば当時本件土地の所有名義は被告が前主と主張する訴外高橋光男にあり、同人の名義を以て本件根抵当権の設定がなされたことが明らかであるから、正に右に考察した場合にあたるのであつて、従つて、本件土地が後に競落されても、建物の為に法定地上権の成立する余地はないというべきである。被告は、更に原告等は本件土地と建物の関係を熟知していたから登記の欠缺を主張するにつき正当なる権利を有しないと主張するが、右に考察した法理は、単なる物権取得の対抗の問題ではなく、権利関係の不安定な場合における法定地上権の制度の存在理由自体に関するものであり、このことは競落人ないしその承継人が公示されぬ権利関係を知つていたか否かによつて左右されるべきものではないから、右主張も理由がない。

以上考察したところによれば、建物の完成時期、土地所有権の変動時期等に関する被告のその余の主張を判断するまでもなく、法定地上権は成立しないこと明らかである。

被告の抗弁は、いずれも理由がない。

よつて原告等の被告に対する本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。(倉田卓次)

別紙第一物件目録<以下省略>

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